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春子はいつも笑顔を絶やさない人間だった。そんな彼女のまわりの人間もまた、笑顔で溢れていた。
好きなものは好きとはっきり言い、夫の武雄のことを心から慕い、息子や孫をいつも気遣い、愛に溢れたという言葉がぴったりな人間だった。
そんな春子が床に伏したのが二週間前。急な病気だった。心配する家族たちに、大丈夫だと笑顔を見せていたが、誰もがそれまでの春子の笑顔との違いに気付いていた。
そして、まるで辛い顔を見せないように、笑顔でいられるうちにと、去るかのように一昨日の早朝、武雄に看取られ息を引き取った。
「もう少し弱音を吐いてくれても良かったのに」
「もっと頼ってくれても良かったのに」
家族は口々に似たようなことを言い、春子の死を嘆いた。武雄を除いて。
*
火葬炉までの扉は二重になっており、私たちが柩を見送れるのは手前までで、更にその奥が炉になっているらしい。
手前の化粧扉を締めてから着火されるようで、いわゆる、炉の焼け跡や燃える瞬間を見ることがないので、火葬といわれてもなかなか実感が持てない。
「それでは、納めさせていただきます」
職員の声と同時にもう一人の職員が台車を押し、炉の前室へ春子の眠る柩を入れ、そして台車だけをゆっくり引き戻す。
合掌の掛け声とともに扉は閉められた。
春子の火葬が始まった……のだろう。
その後、私たちは控え室へと通された。
収骨まで一時間ほどこの部屋で待機するらしい。
遠くから来た親戚たちに挨拶だけ済まし、私は喫煙所へ向かった。
少し疲れてしまった。一人になりたい。眠りたい。
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