謎の男

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「じゃあいいじゃん、暫く送らせれば」  美夏は事も無げに言った。 「それは!! ……悪いし……何かねえ……」 「ふーん、悩め悩め贅沢者」 「何それ」  「何だよ」  美夏と私は暫く見つめ合ってから、吹き出した。 「もー美夏と話すと、最後いつもこれだからねー」 「私ら何でマジな話し出来ないんだろうねー」  私達は散々笑い転げて、その日も楽しく過ごした。  もう直ぐ卒業して、この高校ともお別れになるだろうけど美夏との楽しい時間は良い思い出になるなあ、と授業を受けながらボンヤリ思った。  もう直ぐ私は社会人になる…………  その日の『秋の葉』のバイトは金曜日程には忙しく無く、マスターとお喋りする機会も増える…………。私は何となく『可憐な人』に昨夜送って貰った事をマスターに言えずにいた。……物凄く嫉妬されそうで。 「吉乃、あんた最近はまってる事とかあるぅ?」 「えー無いよ」 「つまんないわね、あんたまだ高校生でしょ。もっと遊びなさいよ」 「マスターこそ、何かあるの? はまってる事」 「あるわよ色々と……社交ダンスでしょ、美術館巡りでしょ、ジム通いでしょ、それから…………」  多趣味で良いと思うが、他の目的もありそうに感じるのは気のせいだろうか………… 「そのうち、温泉とか行きたいなあ………」  私はしみじみと呟いた。 「ばばくさっ!?」  マスターが叫んだ。  カランカラン……  『秋の葉』の扉の鐘が鳴った……お客様を迎えようと扉の方を向くと、視線の先には『可憐な人』がいた。 「いやん!! うっそ、いらっしゃいませ!!」  マスターは超ご機嫌な声を出した。   私も金曜日以外の『秋の葉』に『可憐な人』が現れて吃驚した。時刻は午後六時四十分……私は当然思う。   (まさか、私を送る為に来てくれたの…………??)  『可憐な人』は私を見ると、あの極上の笑顔を向けた。私の後ろでパリンと音がしたので振り向くと、マスターがコーヒーカップを取り落としたまま鼻血を出していた。 「マスター!? ちょ、大丈夫???」 「見、見見見見た!? あんた見た!?」 「マスター鼻血出てるってば!?」 「笑いかけたわよっ!! 私にっ…嗚呼、やっとこの日が来たのね!!」  マスターはティッシュで鼻を押さえながら興奮状態だった。
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