マスターの慕情

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マスターの慕情

あたしが慎ましく経営している喫茶店が繁盛し始めたのは、五年ほど前から。そう、あたしの神が来た日から。あたしの愛する神がやって来たのは、ある秋の日の夕暮れ時だった……。あたしは彼があたしの喫茶店に入って来た時、ヤカンで沸かしたお湯を自分の足にかけ続けたけど暫く茫然として気付かなかったわよ。全治1ヶ月だったわ、ふん。そ、の、く、ら、い! 魅了されたって事よ。わかる? そこのあんた。その時のあたしったら、多分横から鼻毛を抜かれても気付かなかったわよ。しかも、しかもよっ彼が来てから喫茶店の売上は鰻登り……もう、笑いが止まんない位よ。もう、あたしの神よ神っ!!  彼の優しい眼差し、柔らかい物腰、吐く息でさえ、もう愛しちゃってるの……きゃ! あたしったら恥ずかしいわねっ。  けれど葛藤もあるわ。彼目当てのお客様が増えて、売上が上がった訳だけど……彼狙いのメス猫は恋敵な訳よ。しかしあたしにとっちゃメス猫共もオマンマの足しになる御客様でもあるの……だから無碍にも出来ない商売人の泣き所ってわけぇ、あんた、わかってる??  だからあたし『秋の葉』では、せめて睨みはきかせてんのよ。抜け駆けとか彼に色目使わないようにハバきかせてんのっ。当たり前じゃなーい? あたしのお店よ? 好き勝手されちゃたまんないわ、ハッ。
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