聖なる時間

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「いえ、何も知りません。ぶつかってすみませんでしたっ」女の子は四人連れの女の子達を気にしてか、私の手に用紙を押し付けると謝ってから走り去った。私は走り去る女の子の後ろ姿を見送り溜め息をついた。  結局…………………………それ以降かなり歩きまわって一日を潰したが、対した収穫もなく帰る事となった。  数日後、向井刑事から新しい情報も無く……私は連休を利用して、またH市に向かった。『ヨツグイ』が比較的、夕方から夜間にかけて目撃されている事から今度は昼頃に家を出発した。    ネット上の『ヨツグイ』の目撃情報は相変わらず続き、都市伝説としてTV番組に取り上げられたり雑誌に載ったりしているようだ。さぞU町はその手の支持者で賑わっただろうと思う。先日のような静かな町では無くなってしまっているかもしれない…………  私はH市の駅から離れて、比較的U町から近い所にあるビジネスホテルに予め予約を入れていた。一旦チェックインして荷物を置き、珈琲が美味しい喫茶店を目指して歩いた。  外は薄暗くなりつつあるのに、何もない路地などで若者達とすれ違う。中にはカメラを首から下げたマニアのような者やデジカメや携帯を手にした若い女の子達もいた。TVの影響が出たようだ。  高校を通り過ぎ、公園脇の喫茶店『秋の葉』の見える所まで辿り着くと、なんだか店の前が人で賑わっている。見ると女の子ばかりで店の中を覗いたり、入り口でソワソワしている。 (こんなに普段混むお店だったのかな? それとも芸能人でも来てる?)  私はもう少し店に近付いて行くと、中からアフロのマスターが出て来た。 「入るなら並んでちょうだい!ほら、覗くだけなら帰ってちょうだいね!ほれ、帰った、帰った」マスターは水桶から柄杓で水を掬って、覗いている若い女の子達に向かって撒き始めた。 「やだ、冷たい!!」「見てるだけでしょ!?」若い女の子達は文句を言いながら去って行き、その後ろ姿に向かってマスターはベエッと舌を出した。  様子を見ていた私は可笑しくて、思わず口に手を当てて笑いを堪えた。  満席なら出直して来ようかと思い、マスターに何時で営業終了か聞く事にした。
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