謎の男

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午後六時四十分……今日は『可憐な人』は来ないと私は諦めていた。『可憐な人』目当てのお客様達からも「今日は来なかったね」「残念」 等の声がちらほら聞こえる。マスター曰わく、実際『可憐な人』のおかげで若い女性層も増え『秋の葉』の売上にかなり貢献頂いているので本当なら雇いたい位なのだそうだ。だから足が遠退いてしまうと困るのだ。 「来ないわねぇ……くすん」  マスターが残念そうにしている。  カランカラン  その時『秋の葉』の扉の鐘が鳴った。  パアッと薄暗い店内に明かりが増したような錯覚を覚え、明らかに店内の空気が変わったのを感じた。  『可憐な人』が来た。  そろそろ帰りそうだったお客様から、新たなオーダーが入る……どうせなら『可憐な人』に見料も払えばいいのに、と私は思った。  こういうのをカリスマ性と云うのだろうか? ただ居るだけで人を惹きつける魅力。語らなくても飾らなくても自然に、ただ、居るだけで人が集まってくる…………かといって近寄る事無く『秋の葉』のお客様は皆が見守るように『可憐な人』を見つめるだけ……誰も店内で抜け駆けするような事はしない。何だか礼儀があるというか『可憐な人』を中心に世界が出来ているようで、やはり『可憐な人』は不思議な人だなと私は思った。 「はぁん、来た来た来たっ私の王子。今日も麗しいわねぇ、吉乃これ持っておいき」  マスターは喜々として私にホットアメリカンを渡す。  『可憐な人』はずっとマスターの入れるホットアメリカンしか飲まない。だからオーダーを聞かなくても持って行くのが習慣になっていた。確かにマスターの入れる珈琲は美味しい。珈琲が苦手な私もマスターのアメリカンは芳ばしいお茶のようで、美味しく飲める。
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