謎の男

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「あんたも頑張るわねぇ、うちに来たのは高校入ってからだから二年ちょっとよねぇ……大学行くの?」  マスターは頬杖をついて、私のケーキの平らげっぷりを見ながら言った。 「んーん、働く。そんな余裕無いもん、うち」  私はケーキをホットアメリカンで流し込み一息ついてから、答えた。 「あんたも苦労してるわねぇ、食うのに困ったら相談すんのよーメシぐらいなら食わせてやれるわよ……はあ、自分の娘を持つとこんな気持ちなのかしらね。もうすぐここのバイトから巣立って行くかと思うと寂しくなるわん」  マスターは悲しい顔をしたまま、おもむろにお皿を拭き始めた。 「あれー泣いてる? 嬉しいなあ、そんなに私の事思ってくれて」  私は笑顔でマスターを見た。 「何よ、人の気も知らないで……もう遅いから帰んなさい、ほらほらほらほら」  マスターはヒラヒラと手を振って私を追い立てた。 「もーわかったわかった、そんじゃね」  私は重い腰をあげて、スタッフルームに歩いて行った。  『秋の葉』を出ると辺りは真っ暗で、今は四月中旬で春だとはいえまだまだ夜は冷え、白い息が出る。私が歩き始めると、『秋の葉』の脇にある電柱の影から人が飛び出して来た。 「うあっ!?」  吃驚して変な悲鳴をあげる私……  目の前に立つ人物を見上げると、なんと『可憐な人』だった…………………………!? そして『可憐な人』は私に初めて話しかけてきた。 「送ってもいいですか?」 「は?」  私はあまりの驚きに腑抜けのような声で聞き返した。 「送っても、かまいませんか?」 「は、はあ、あの……はい……ははは、はい!!」   「ぶふっ!?」  私は信じられないものを見た。あの『可憐な人』が、あの『可憐な人』がだ!? 私の様子を見て……吹き出した!?!? しかも、今は目の前で顔を逸らして必死にこらえている様だけど、肩が笑っている………… 「……ごめ…知ってる子にあまりにも似ていて…………可愛かったから、つい」 (可愛かったから? 可愛い!?!? ………って私が!?) 「かっ、からかってるんですかっ!?」  火が出る位、顔が熱い……きっと私は真っ赤になっている。 「いえ…からかってないですよ、行きましょう」  『可憐な人』は笑顔で私に歩くよう、促した。
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