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聖なる時間
「真琴さん、まだ結婚しないんすか?」向井刑事が私に不躾な質問をしてくるので、鋭く睨んだ。
「あんた、こんな所までわざわざそんな事聞きに来たの?」
こんな所……ここは某医科大研究センターのロビーだ。私は研究者としてここに勤め、義理の弟になった向井刑事が今日は突然訪ねて来た。
「夏希と喧嘩でもしたの? 悪いけど犬も食わない仲裁はお断り」
「そんなんじゃありませんよ、やだなあ。うちはラブラブで過ごしてますから御心配無用です。おっとノロケを失礼」
「叩かれるのと殴られるのと蹴られるのと、どれが良い?」
「どれもお断りします。御義姉様ちゃんとマトモな話しですからお静まり下さい」
「なかなか分かってきたじゃない。で?何?」
「これ、見て下さい」 向井刑事は私にA4サイズのコピー用紙を一枚差し出した。
そこにはカラーコピーされている四つ足の化け物の画像があり、私は驚いて向井刑事を見た。
「ソレ、H市で何件も目撃情報が寄せられて今じゃ通称まであるんすよ『ヨツグイ』と巷では呼ばれています」
「ヨツグイ?」
「四つ足で人をぐい飲みしそうだとネットで書かれたのが発端みたいですが、その略称で『ヨツグイ』らしいです」
「ふん、そんな事か。で、被害は出てるの?捕獲は?」
「真琴さん、益々杉さんに似てきましたね……早く嫁に行かないともらい手が……あ、いっつ!」
私は向井刑事の足を思い切り踏みつけた。
「それより何故この化け物が今更いるの?………まさか」
「俺もそのまさかが怖くて確認しに来たんですよ、春海君とはその後……」
「もう、十年会ってない生死すら分からない」
私が彼と最後に会ってから、正確には九年と十一ヵ月経った。もう直ぐ私は三十路になるし、夏希は二十四歳、向井刑事は三十五歳と皆大人になりそれぞれの道を歩き続けている。
まあ、向井刑事に関しては永遠の少年みたいな所もあるが……妹が大変な時に随分助けてくれたから、夏希と一緒になると聞いた時は目を瞑った。しかし相変わらず危なっかしいし、困った事があるたびに訪ねて来るし……失礼な奴だ。
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