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唇を離すと、小さな声が震えた。
「ここにいる。安心しろ。ずっと触れているから」
子どものようにしがみつく彼女の髪を繰り返し撫でる。
美しい、愛しい女性。達哉さんが生きていれば、決して触れることのなかった身体。
達哉さんを失った後、俺は入院し、退院後は地獄のトレーニング施設に直送された。
本社に戻って来て、再び優華と会うまで二年近くが経っていた。
ボスに連れられて『クラブ優華』を訪れた夜、彼女は以前と変わらぬ笑顔で、本社への復帰を喜んでくれた。
達哉さんを救えず、一人おめおめ生き延びた引け目を抱えていた俺に、彼女は『運命に選ばれたのだから、恥じずに生きなさい』と諭しさえしてくれた。
その気丈な態度に、ガキだった俺は、レイラがいつか口にした慰め――『いざとなると、女の方が強い』という言葉を実感し、鵜呑みにした。今にして思えば、あれは優華の精一杯の強がりだ。「運命」のせいにしなければ、彼の死を到底受け入れられなかったのだろう。
今なら、分かる。強くなどない。強い振りをしなければ、夜を――愛する者に触れられることのない夜を、迎えることができなかったのだ。
達哉さんを失ってからの彼女が、どうやって立ち直ったのか、俺は知らない。
どうやって――誰が、彼女が顔を上げることを、助けたのだろうか。
……願わくば、レイラであって欲しい。
他の男の手に支えられていて欲しくない。俺の知らない過去のことなのに、この感情は嫉妬だろうか――テメェの器の小ささを思い知らされる。
「譲ちゃん?」
知らず眉間が険しくなっていた。不思議そうに優華が見ている。額に軽く口付けると、くすぐったそうに表情を緩めた。
「少し眠ろうぜ。悪夢なんざ、俺が追い払ってやるから」
「ふふ……頼りにしてるわね」
優華は返礼のように俺の頬に唇を寄せ、並んだ半身を密着させてきた。抱いたままの肩を撫でると、穏やかに瞳を閉じた。
柔らかな温もりに安堵しながら、朝の光に白む天井をしばらく眺めていた。
月白温泉の部屋で告げられたように、彼女の中では、俺は『二番目の男』だ。それでいい。達哉さんには敵わないし、彼に取って代わろうとは思わない。
だが、他の男は別だ。俺の目の黒い内は、他のどんな男にも譲るものか。絶対に――。
彼女の規則的な寝息を子守唄にして、俺も瞼を閉じた。
【了】
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