笑顔が見たくて

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「崇の馬鹿! 返品してこいよ!」 「ああ、俺が馬鹿だったよ。頑固者!」  俺たちは珍しく、声を荒げて喧嘩をしてた。いつもは、俺が怒っても崇が応戦してくる事はなくて。こんな風に罵り合ったのは、初めてだった。  きっかけは、プレゼント。いつか二人で旅行に行こうと、アルバイトの薄給から毎月コツコツと貯金してたのに、崇がそれに手をつけた。ブリリアントカットの大きなダイアモンドの輝く、プラチナのリング。俺はそんなもの、要らない。ものより、思い出が欲しかった。 「俺がそんなもの、欲しがると思ったのか!?」「欲しがるかどうかは問題じゃねぇ、お前に絶対似合うと思ったんだ!」 「勝手に貯金を使っちゃうなんて、酷いよ、崇!」 「分かった、返してくる。もう、お前にプレゼントなんてやらねぇ!」  売り言葉に買い言葉。崇は部屋を飛び出した。いつもなら暖かい会話の響くリビングに、シン、と静寂がおりる。もう、プレゼントなんてやらない? 別に、プレゼントが全然欲しくないって訳じゃない。何でもない日に買ってきてくれる、一輪の薔薇の花とか、俺の好きなベイクドチーズケーキなんかは、嬉しかった。  崇の、馬鹿。そんなに怒らなくったって、良いじゃないか。俺は初めての喧嘩に、拗ねてソファの上で膝を抱える。崇の居ないリビングは、とても静かで。急に、凄く寂しくなった。  崇、「俺に似合うと思って」って言ってたな。…そうか。崇、俺を喜ばせたかったんだ。俺が、薔薇やチーズケーキに喜んだから。だから、頭ごなしに怒った俺に、怒り返して。俺は、旅行で崇と思い出を作りたかった。崇は、プレゼントで俺を喜ばせたかった。行き着く所は、同じ感情で。俺は、気持ちも聞かずに怒った事を、後悔し始めた。
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