第1章

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 王立図書館に収められた研究文献によると、妖精たちは約三千年前に北方からイジュラ大陸へ渡り、しばらくは人間と共に繁栄の時を過ごしたという。  過去において妖精は人間の家屋にしばしば身を寄せて家族として暮らしていた。  しかし彼らはやがて受難の歴史を迎えることになる。  イジュラ新暦三百四年、ロンバルゴード帝国を治めていた大帝オズワルドが、大々的な妖精狩りを敢行したのだ。大帝や諸国の王侯貴族たちによって妖精は次々に乱獲され、その多くが虐殺された。  妖精狩りは新暦九百九十八年、トキア共和国が主催した大陸連盟会議で、捕獲禁止令が発令されるまで、およそ六百年の長きに渡って繰り返された。そして妖精たちの数は激減し、彼らの多彩な妖力もすっかり弱体化したという。  その反省と自戒とを込めて約二十年前に国際妖精保護条約が結ばれ、生息地の限定、管理、野生妖精の保護義務などが提唱された。  なかでもフェアリードッグは絶滅危惧種として、各国が厳重に生態を管理している第一級保護種である。  このサウディアにおいてもフェアリードッグの生息地や餌は、すべて管轄の妖精大臣によって仔細に取り決められている筈だ。 (フェアリードッグは、今じゃ滅多に野生なんていない。それがどうして、あたしたちの果樹園に……。でもあれは妖精でなく、人の仕業に見えたわ。管理人は何も目撃してないらしいけど……) 「あの日から気になって仕方がないの。そりゃ、もうラズベリーは戻って来ないけど、どういう事情で果樹園があんな酷いことをされたのか。お姉様とあたしで、大切に育ててきたのに……」  イグドは、俯いて唇を噛むカリナの背中を叩いた。 「……おいおいカリナ。悔しいだろうが、もう忘れろ。何か面倒な事態が絡んでるなら、尚更おまえを関わらせるわけにはいかねーよ。な? ローゼンの奴が異国で、珍しい果実を手に入れたそうだ。それをおまえに届けさせよう。シェリージアの分も一緒に用意させるよ」  ローゼンというのはシーダ王の姉の次男で、イグドとカリナの共通の従兄である。 「イグド……」  普段は悪ノリにも付き合ってくれるイグドだが、こういう時は絶対に融通を利かせてくれない。  カリナは彼に食い下がるのを諦めて、不承不承ながら頷いた。  やがてイグドはカリナの頭を撫でると、またな、と大広間の方へ傲然と歩いていった。  
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