プロローグ

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プロローグ

普段全く使われることない自宅のポスト。そこに一通の手紙が入っていた。差出人は円城進一――ご丁寧にローマ字でルビが降られている。その名前からも、きっちりとした字形からしても、正真正銘の日本字であることには間違いない。太平洋を挟んだ隣国の者がわざわざ私に手紙をよこすなど、尋常ならざることである。今のご時世、なにか要件があるなら電子メールで十分事足りる。わざわざ海を越える為の送料出す必要はないだろう。もしそれをする人種がいるとすれば――私に用があるにしても嫌がらせにしても――それはよっぽどの物好きのすることだ。 さて、手紙を送ってきた人物だが心当たりが無い訳ではない。円城進一――日本のロボテクスの第一人者であり、日本のある文豪のアンドロイドを作るプロジェクトを成功に導いた立役者。この人物の名を借りた偽物の可能性はあるが――仮に本人が送ってきたとしてもこの私に――ロボテクスが最も発達している国の、しかもその第一線で活躍しているほどの人物が、心理学者である私に一体どんな要件があるのか想像もつかない。とりあえず手紙の文面に目を通すとだいたいの事情が把握できた。私が発表した論文の仮説が、人工知能を進化させるのに役立つ可能性があるということらしい。まず私が取った行動はこの人物に連絡を取ることだ。まずこの手紙が本人からのものなのかどうか、確認しなければ動きようがない。 確認を取ったところこの手紙は本人のものと判明した。あえて手紙にした理由は「ウォーグレイブ判事が種明かしを瓶に詰めて海に浮かべただろう? それと同じだ。時にノスタルジックに浸りたくなるのが、人情というものだよ」と答えていた。要は変わり者ということだ。彼曰くこれは私の研究にも役立つことだという。“感情”を理論的に解き明かしたその仮説が正しければ、アンドロイドと人の境界線を引くものは有機物か無機物かの違い程度のものになり、もしそうなった暁にはその理論は正しいと証明されると。 自分の理論が正しいと証明される――研究職に就く者としてこれほどの名誉があるだろうか? ノーベル賞を取るにしてもまず、正しいと認められなければならない。そうした結果を残さなければならない。だからこそ、正しいと判を押されることに、躍起になっている。私とてそれは変わらぬことだ。そして、私は日本へ長期滞在することを決めた。
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