姥捨街のプリンセス

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 丈高い鉄の門は重々しい響きとともに閉ざされた。  モルは振り向くと、雨風に汚れた黒い門の面を睨んだ。 「開けなさい。わたしを、ハイアラル王国の摂政、プリンセス・モル・アリア・ハイアラルと知ってのこの処遇か」  しわがれてはいるが凛とした声には、いかなる臣民も逆らえぬ威厳があったが、今は聞いている者もいない。 「開けねば、おまえたちをこそ追放する。よいのか」  門の向こうには、昨日までモルが八万の民を束ねていた王国の都が広がっているのだが。  荘厳絢爛たる王宮へ還るために門がふたたび開くことはないと思われた。  モルは静脈の浮き出た拳を握りしめ、今朝からの混乱を頭の中で整理した。  先の国王が病に倒れて以来、妹のプリンセス・モルが十年にわたり摂政として国を治めてきたのは、国王が老齢で儲けた唯一人の王子が幼かったからである。国王が亡くなった後は、王子を新国王に据え、モルは摂政のまま国政を支えてきたのだった。  それなのに、あろうことか、今朝がた未明に軍事クーデターが起き、まだ少年だと思っていた新国王が自ら直接政治を行なうと宣言した。 「この国を取り戻すのだ」  若き国王は親衛隊を引き連れて政務の広間に腰を据えると、旧弊だと見なした大臣たちを国外に追放し、摂政である叔母上プリンセス・モルは国法に従って「あの街」に移ってもらうと下命した。 「民だけに強いるのでは国法といえまい。王族が範を示さねば」  モルは目覚めのティーを味わう暇もなく、兵たちと執行官に引き立てられて、鉄の門を潜り、「あの街」に追われたのだった。  モルは門に背を向けて、その街を眺めた。  暗鬱な雲の下に、石畳の街路がのびている。  両側に、古い石造りの、二階建て、三階建ての間口の狭い家が軒を連ねている。  家々の背後には、見上げるばかりに高い灰色の壁が、この街に入った者を二度と外へ出さぬために、海岸線まで続いていた。  年寄った者はこの閉ざされた街に棄てられる定めである。
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