姥捨街のプリンセス

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 モルは笑い声を振り払うように街路に歩を進めた。  烏の糞がこびりついた石畳は硬い靴音の残響に凍えた。  家々の石壁は凸凹に風化し、木戸はささくれ、窓は虚ろな闇を孕んでいる。二人の老いたる忠臣の他に生きる者の気配はない。死の静寂が微風に震えているだけである。  国に棄てられし者は、門を入る前に、通信機器を奪われ、武具や脱出に役立ちそうな道具を取り上げられ、持ち込もうとする食糧や衣類も捨てさせられる。  門が閉ざされると、電波を遮断する高い壁に隔てられて、寒さも飢えも訴えるすべのないまま老衰を加速させ、露命は儚く消えてゆく。死骸は暗渠に投げ捨てられ地下の下水によって海へと流されるのだ。  モルの唇から溜め息が洩れた。  ここは年老いて衰えし者のたどりつく静謐の奥津城。  孤独と恨みを子守唄にして冷たき眠りにつく終の棲家。  希望の冠を戴く時間が残されていない身は、腐臭漂う絶望の屍衣を纏うばかりなのだ。  モルはふと気づく。  あの古色蒼然とした忠臣たちはどうやって生き延びてきたのか。禁じられた剣まで佩いているではないか。  と、背後から殺気が迫る。 「逃がさぬぞよ摂政殿」 「覚悟召されい」  しつこい奴ばら、と腹を立てながら、体を捻ろうとして、持病の神経痛で背筋がひきつった。 「えいっ」 「やあっ」  避けきれずに首をすくめたモルの頭上で刃が閃いた。  カッキーン。  横合いから走った剣が、振り下ろされる二筋の刃光を弾き返した。二人は剣を取り落とし、 「イタタッ」と手を振って、 「何をなさるのだオーデン卿」 「摂政殿に加勢なさるおつもりか」  いずこより現れしか、甲冑に身を固めた長身の騎士が、老臣たちの前に立ちはだかっていた。  モルは目を見張った。 「貴方は」
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