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しかし、私は特に心配などしていない。
彼はこの国一の貧民街で今までの人生のほとんどを過ごした。
彼の曇った眼差しの奥に、這いつくばってでも歩みを止めない飢狼の精神が宿っていることを確信している。
他の者たちは気づかないだろうが、同様の経験をした私にはわかる。
だから、たかが熱病ごときで主が死ぬとは思っていない。
もとい、死にそうになっても死なせる気は毛頭ない。
唐突にドアが開く。
戸口には主人の妻とそのお付きの侍女が立っている。
部屋の空気が一変し、見えない光で温かく満たされる。
「ごきげんよう。ミラベル様」
「ごきげんよう。クライド」
主の妻は短く私に返す。
「ゼセル、気分はどう?」
ミラベルは夫に歩みより、ベッドの傍の椅子に腰をかける。
彼女は優しくゼセルの左手を両手で包む。
「まあ、まあ、かな」
ゼセルは、妻の視線を避けるように視線で掛布団をなぞる。
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