2 在りし日

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   ギィ  不意に扉が動き、思考が寸断される。  私は待ち人が来たかと、窓から視線を移す。 「おや、クライド先生。ここ使われますかな?」  初老の男が声をかける。  数学者のラビアンだ。己の専攻分野を活かし、簡単な計算から高等な数学を教えている。 「ええ、特別講義で使わせていただきます」 「そうですか。では、他をあたります。さてさて、私の補講はどこでしようか…」  ひとり言交じりの言葉を私にかけつつ、ラビアンはゆっくりと教室を出ていった。  頭の中に、彼の発した『先生』という言葉が反響する。  まさか、町のならず者がこのような敬称で呼ばれるようになることを、いったい、誰が想像できただろうか。
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