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 雪が降っていた。  夜空には無数の星が爛々と瞬いているのに、青白い満月が夜の闇を明るく照らしているのに、雪が降っていた。  雲一つ無い空から雪が降る原理なんて、解る者は誰もいないに違いない。  理由なんて、今となってはどうでも良かった。知る必要が無いのだから。  おおよそ四時間前、米政府が全世界に向けて緊急の声明を発信した。  内容は人類絶滅の宣告と懺悔であった。  敵国との度重なる争いの末、核爆弾の撃ち合いに発展し、地球内部に甚大な損傷を与えてしまった。各国、各分野の著名な博士を召集し、事に当たった結果、地球の残り寿命は後数時間で終わりを迎える、という結論で一致した。  世界を引率するリーダー国という立場でありながら、人類を滅亡に追いやってしまい申し訳ない、といった主旨の謝罪が三十分間に渡ってつらつら続き、中継は終了した。  僕は飼い犬のポメのリードを手に、ひたすら外を歩き回っていた。  急に世界が終わります、なんて言われてもどうする事も出来ないし、電力の供給が止まり真っ暗になった家の中で最後を迎えるのも味気ないと思ったからだ。  僕の暮らすアパートは郊外の小さな住宅街の中にあった。 普段は静かな住宅街なのだが、今夜は狂気に満ち、異様な形相を呈していた。  怒声、悲鳴が至るところから飛び、物が壊れる音なんかが響いていた。  男が両手で握った金属バットを振り回し、一軒一軒民家の窓ガラスを割って回っていた。  男には見覚えがあった。向かいの家の長男だ。大学受験に四年連続で失敗しているとの噂で、何度か顔を合わせた事があるが地味で暗い奴、という印象だった。  そんな彼を破壊的衝動に駆り立てるモノは何か、想像するのは容易い。  日々、勉学に大半の時間を費やし、しかし結果は伴わず、目標を達成する事なく、努力は報われず、死を宣告された。絶望だ。  ポメが男に吠えた。  男は動きを止め、首から上だけをこちらに向けた。垂れる鼻汁と涎、半笑い、焦点の定まっていない瞳。狂人の顔だった。  僕はポメを抱き上げた。  男は暫くこちらをぼんやりと眺めた後、再び、何事も無かったかの様に窓ガラスを割り始めた。  彼は、既に正気を失っていた。
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