弁明 か 言い訳 か

3/4
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
「それと……、学校で先生とお姉さんに、君の話を聞いたんだ」  そっか。先生と、姉に。姉に。彩に。彩に。彩。  途端に黒いものが私の奥底で蠢き始めた。  また彩か。また彩が関わっているのか。そう考えると、隣の男が、途端に憎く見えてきた。此奴は、私からこの家を奪う気かも知れない、長ったらしい説教など決して聞きたくない。 「そっか。姉さんに聞いたんだ」  口調も、高さも、調子は何一つ変えぬまま、威嚇の念だけを強く込めて、私は言葉を紡いだ。まずは様子を見る。この男はどう来るのだろうか。  男はしばらく声を発しなかった。私が発する無言の圧力を感じていたのだろうか。ゆっくりと唾を呑み込む音だけが、鈴虫の音に交じって聞こえた。 「あれを書いたのは、『雲泥』を書いたのは、君なのか?」  さっきの張りはどこかに消えて、弱弱しく、今にも裏返りそうな声だった。  そんなことが知りたいのだろうか。ただ、疑うにしても、ほとんど何も分からない。それならば、この問いには答えてやろうと思った。 「違うよ。『雀』は私だけど、『雲泥』の作者は違う。楓さんも知っているでしょう?」  何故こんな風に考えたのかは、自分でも分からなかった。それでも、彼は真相をある程度知っている。そんな不可思議な確信が、私には感じられた。 「言い方が悪かった。『雲泥』を完成させたのは君かい?」  案の定、知っていた。あの作品が未完であったことを、この男は知っているのだ。なら、何を隠しても仕方がない。 「そうだよ」  私の口を出た言葉が、自分のものじゃ無いみたいに、私自身の耳に響いた。  大好きな作品に、勝手に手を加えてしまった。挙句、それを自分の作品として、コンク―ルに出してしまった。言い尽くせない罪悪感が、私の中に蘇ってきた。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!