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両親は共働きで、家は無人だった。鍵を開けて玄関に踏み込むと、私の足音だけが、色に染まった闇の中に吸い込まれていった。
「ただいま」
誰に伝えるわけでもなく呟き、靴を揃えてスリッパに履き替えた。ついさっき、隠れ家で誰かに出くわしたなどとは思えない程、胸の内は静かだった。
冷蔵庫には、ラップがかけられた冷やし中華が一皿入っていた。「美弥」と書かれた付箋が貼り付けられたそれを取り出し、箸とコップを準備して、椅子に腰を落ち着けた。コップには半分くらいまで氷を入れた。曇っていたとはいえ、夏場に一走りした体は、じっとりと湿り、熱を帯びていた。コップに緑茶を注ぐ。コポコポという心地いい音がたった。
「多いかな」
こぼれそうになったので、腰を屈めて少し啜った。入れたばかりの緑茶は、まだ温かった。
食べ終わって時計を眺めると、針は午後二時を指していた。
食器の片づけを終えた私は、替えの下着とシャツを持って浴室に向かった。
「う、つめたっ」
ハンドルを思い切り捻った私を迎えたのは、とても冷たいシャワーだった。反射的に背筋が震えた。体は驚いているが、その驚きが悪いものを流してくれるような気がした。
しばらくして、冷水がお湯に変わった。冷えた体には熱く感じたが、すぐに心地よい感覚に変わった。
無心で体を洗った。考え事をするには絶好の場所だろうに、頭がぼんやりとしたまま、時間だけが過ぎていった。
シャワーを止めて、浴室のドアを開けた。タオルに顔を押し付けた時、急に一つの考えが頭をよぎった。
「私の隠れ家、取られちゃうのかな……」
途端に心配になって、居ても立っても居られなくなった。
あの家は私の物だ。あの本棚も私の。だから、誰にも譲るものか。
急に力が湧いてきた。十分後、私はもう一度制服に着替え直し、家の鍵を閉めていた。
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