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濃霧が耳鳴りする様な静けさで覆っていた。
その時、呆然とする僕のシャツが、
くぃくぃと引かれた。
視線を下げると、小さな瞳が僕を見上げたまま服の裾を掴んで佇んでいた。
6才前後の小さな女童だった。
童は僕を指差し告げる。
「御前様」
そして自分を指差し囁やいた。
「姫御前」
彼女は無邪気に微笑み、僕の周りを駆け出した。
「子捕ろ、子捕ろ。
ちょっとみりゃあの子 さぁ捕まって
み~しゃいな」
さんざめく(ざわざわと音をたてる)残響が
雑木林に反射して、僕を取り囲んでいた。
少女は笑いながら駆け出した。
「みーしゅいな みーしゃいな」
遠ざかる笑い声。
僕は呆然とそれを眺め見送った後ふと我にかえり、急いで遠ざかる少女の足音を追いかけた。
夢中で追いかける内にいつの間にか、
神社の裏手門の鳥居まで来ていた。
夕霧に霞む鈍色の色相が、幻想的な夢の中で、
鳥居の赤を彩っていた。
初音の空は深く闇に閉ざされ、その異様を誇っていた。
童は鳥居の前に佇み一瞬振り返ると、
誘うように鳥居の外に駆け出ていった。
漂う濃霧が日食のように辺りを暗くし、
鳥居の外がまるで異次元の入口のように、
すぐに彼女の姿をかき消していた。
まるで魄(肉体の魂)が溶けて無くなる様に。
時しも(ちょうどその時)に霞むその陰影を眺めながら、僕は唐突に憑かれたような消失感に囚われ、夢中で彼女の後を追い始めた。
僕は彼女の残した陰影に誘われるようにして、
神社の鳥居をくぐっていた。
同時に意識が遥か遠くに飛ばされるような脱力感に覆われ、眠る様に意識が薄れるのを感じた。
歪む世界の端で思考じたいが世界に溶けて行く様な夢から覚める瞬間の様な、奇妙な浮遊感に包まれていた。
次に意識が浮上した時、そこは見慣れた自分の部屋だった。
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