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沙江は、こぶしをぎゅと握りしめた。目の前には、彼に渡すと決めた手作りチョコレート。
彼との出会いは数ヵ月前、県立図書館で借りた本を置き忘れてしまったあの日。慌てて本を取りに戻ったら、見知らぬ男子がそれを熱心に読んでいた。
それが、彼。
事情を話して本を返して貰って、ちょっと会話して。読む本が似てるなとか、もっといっぱい話したいなと思った時に、閉館を告げるチャイムが鳴った。ふわふわしながら家に帰って、その日から彼の事ばかり考えていた。
他にどんなジャンルを読むのかな? この話題作、彼はもう読んだかな?
後から、彼は隣町の高校の先輩だと知った。学年は一つ上。
人口の少ない田舎町。自転車で20分の距離なのに、学校が違うと会う事すら殆ど無いと思い知った。
でも、彼は図書館をよく利用しているらしく、あれから何度か出会えている。顔を合わせたらお互いが好きな本の事を話す、ただそれだけの関係。本の事ならいっぱい喋れるのに、ラインとか電話番号とかまでは踏み出せない。
だから、チョコトリュフを作った。告白に失敗しそうだったら、友チョコとして渡すつもりで、ラッピングしたのは一個だけ。だけど、沙江にとっては生まれて初めての本命チョコ。まさに、バレンタインという決戦日に向けて「たたかう」のコマンドを選択した気分だった。
――そんな事を考えていたからかもしれない。沙江は、それ以来ずっと奇妙な現象に悩まされている。
そのチョコを触ると、ピコンという電子音と共に視界に浮かぶ半透明のウィンドウ。
「たたかう にげる たべる すてる」
……この状況、どうしたらいいですか?
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