第一章 サクラ-1

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その疲れを癒すのが会議後に飲むレモンティーだ(今は会議後ではないが)。 甘過ぎるくらいに入った人工甘味料が私の脳と心に優しく沁み渡る。 至福のとき。  「サクラ」 ふいに、 一人の世界から現実に引き戻される。 目の前に同じクラスのハルが立っていた。 「これ、 前言ってたCDな。 返すのいつでもいいから」 陸上部の練習が終わってすぐ来たのか、 ハルはジャージ姿のままで額には少し汗をかいていた。 肩までまくった袖から伸びる腕は女の子のように細く、 白い。 CDを受け取ろうと近づくと、 制汗剤の香りがした。 女の子同士ならかわいい袋にでも入れて渡すところだが、 ハルの手にのせられたCDはむき出しだった。 こういうところは男の子らしい。 ハルはよいしょ、 と私の隣に座った。 心臓がはね上がる。 今にも触れそうな距離に彼の腕があった。 こういうことを女の子相手に自然に出来るのがハルだ。 「サクラは好きな人いる?」 唐突な質問に私は固まった。 いや、 いるもいないも、 まさに目の前のあなたなんですが…とは口が裂けても言えない。 「…なんで?」 なんとか絞り出したのは、 我ながら情けないほど弱々しい声だった。 「…トモがサクラのこと好きだから。 あいつ何も言わないけどわかる」 まさか。 私は彼と同じクラスだが、 話をしたことはほんとんどない。
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