第一章 サクラ-1

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「俺はあいつをずっと見てきたからな」 ハルの言葉は勢い良く言い切られたものだったが、 その声には切実に何かを訴えかけるような響きが感じられた。 彼は私と目を合わせるのを避けるかのように、 遠くを見ている。 私は開きかけた口をそのままに、 彼の横顔を見つめた。 「俺はトモが好きだよ。 友達以上に」 私の口は閉じられることがないままだった。 今、 なんて? 「男が好きなんて気持ち悪い?」 そんなことない、 と友達だったらすぐに否定すべきだろう。 しかし、 今の私にそんな余裕はない。 私は失恋したあげく、 その失恋相手が男? ハルは自分の手をぎゅっと握りしめながら、 相変わらず遠くを見ている。 何か、 言わなくては。 そう思うが、 言葉が出てこなかった。 グラウンドからピーっと野球部の練習終了を告げる笛が鳴り、 部員たちが汗だくになりながらベンチへと走っていく。 ハルは無言で立ち上がった。 「CDは返さなくてもいいよ」 彼はそう言って走っていった。
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