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「ごめん。
何度も呼んだんだけど、
気付いてないみたいだったから」
目を丸くする私に、
彼はきまり悪そうに言った。
野球部のユニフォームを着ているから、
部活の途中なのだろう。
ユニフォームはところどころ土で汚れ、
靴も黒くなっていた。
「ううん。
私こそ気付かなくてごめん」
露骨に肩をびくつかせてしまったことが申し訳ないやら恥ずかしいやらで、
私は顔を赤くした。
イヤホンを外して彼の方を向く。
すると、
彼はあからさまに視線を外した。
彼の顔は日に焼けているが、
ここからでもわかるくらい赤くなっている。
これは、
もしや。
『…トモがサクラのことを好きだから。
あいつ何も言わないけどわかる』
ハルが以前言っていたことを思い出す。
あの言葉は、
本当だろうか?目の前の彼を見ると、
冗談だとも言い切れない。
彼は帽子を深くかぶり直した。
そのため表情はよく見えない。
しかし、
私たちの間には彼が発する緊張が伝わって、
張りつめた空気が漂っていた。
気まずい沈黙を破ったのは、
野球部の笛の音だった。
ピーっという高い音がグラウンドに響き渡る。
グラウンドでは野球部員たちが続々と自分のポジションに戻っている。
彼は決心したのか、
私を真っ直ぐ見て「ハルが、
元気ないからなぐさめてやってほしい」とだけ言って、
去って行った。
呆気にとられた私は、
その場から動けなかった。
必然、
彼の後姿を見送る形となる。
気が付くと、
彼の向こう側にいる山下さんと目が合った。
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