第一章 サクラ-1

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  私たちは黙ってペンを持つ手を動かした。 ハルの顔が動く度にゴールドのイヤホンが日の光に当たって光っている。 普通の人だったら嫌味になるのに、 ハルにはなぜか似合う色だ。 多分、 髪も肌も色素が薄いから似合うのだろう。   何度か曲が変わった後、 昨日の曲が流れた。 ゆっくりとしたテンポでサビへと向かっていく。 「南北へ続く高架線 この先にはきっとあるとささやいている」 ちらりとハルを見やると、 彼はいつの間にか窓の方を向いて音楽に聞き入っていた。 歌を口ずさむ彼の横顔は、 西日に照らされ、 色素の薄い髪が風になびく度に輝いている。 ボタンを一つ外したシャツの襟もとからは、 白い肌が胸元まで見えていた。 この瞬間のハルは、 私が見てきた他の誰よりも美しかった。 西洋絵画に出てくる天使や妖精の姿をした美しい青年にも見える。 ブロンズィーノの『愛のアレゴリー』なんかいい線いってる。 ハルが聞いたらきっと怒るだろうけど。   ガラガラ。 音がして、 勢いよく教室の扉が開いた。 扉はたてつけが悪いので、 勢いよく開けると思ったより大きな音が出る。 開けた本人も驚くが、 開けられた側もとても驚くのだ。 ハルに見とれていた私は慌てて扉の方を向く。 「トモ!部活終わったの?」 ハルが嬉しそうに席を立った。 彼がいきなり立ったので、 私の耳に付けられていたイヤホンが取れてしまった。 ハルの目には今、 彼しか見えていないらしい。
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