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扉の前に立つ日に焼けた黒い肌の野球少年は、
何も言わずこちらを見ていた。
背中には大きなカバンを背負っている。
「どうした?」
ハルが尋ねるが、
彼は黙ったままだった。
ハルはよくわからないという様子で机の上のものをしまい、
やや小さめのカバンを肩にかけた。
それから、
耳からぶら下げたままだったイヤホンを機械ごとポケットにつっこんだ。
「じゃな、
サクラ」
ハルは手をひらひらさせて教室を出て行く。
「早く来い」
野球少年はそれだけ言うとくるりと踵を返して教室を出て行った。
ハルも急いでそれに続く。
教室には私だけが取り残された。
*
「サクラ、
着いたぞ」
父の呼びかけで、
私は我にかえった。
どうやら、
思ったよりも長い時間、
自分の世界にはいっていたらしい。
玄関に入ると、
飼い犬の豆太郎が真っ先に出迎えてくれた。
豆太郎は私が高校時代から家で飼っている雑種犬だ。
ベージュの毛並みと垂れた目がチャームポイントである。
家に来たばかりの頃は「豆」という名前がよく似合うくらいの小さな犬だったが、
今では立派な大型犬だ。
豆太郎の首もとに顔をうずめ、
首筋の匂いを嗅ぐのが私は好きだった。
獣くささと家の匂いが混ざって、
独特の香りがするのだ。
母は台所にいた。
母はしゃべることと同じくらい赤色が好きだ。
赤の中でも真っ赤が一番好きらしい。
今日も真っ赤な靴下を履いている。
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