第一章 サクラ-1

18/22
前へ
/118ページ
次へ
声を掛けると、 母は振り向いて「お帰り」と言ったが、 すぐに前を向いてしまった。 何を作っているのかと近くに行って覗き込むと、 フライパンの上に黄色の薄い膜がはっていた。 膜はところどころ空気を含んでふくらんでいるが、 菜箸で丁寧につぶされると、 また新しい膜をはっていく。   フライパンの隣では深く大きな鍋ににんじん、 しいたけ、 れんこんといった小さく刻まれた野菜が、 煮込まれて茶色のかたまりになっていた。 今は粗熱をとっている最中らしい。 「サクラ、 帰ってきたばかりで悪いけど、 テーブルの上のごはんに桜でんぶをのせてくれる?」 母に言われるままに冷蔵庫を開けえる。 目的のものを取り出そうとすると、 一番下の棚に刺身といくらが並んで置いてあるのが見えた。 どうやら、 今日はごちそうのようだ。 私が桜でんぶをのせ終わると、 野菜の煮物、 刻んだ大葉、 さしみ、 いくらの順に積み重ねられ、 最後に錦糸卵が散らされた。 我が家のちらし寿司のできあがりである。   父、 母、 私の三人で食卓を囲む。 豆太郎はおこぼれをもらおうと私の足元で待ち構えていた。 彼はちらし寿司が大好きなのだ。 酢飯を少しだけやると、 おいしそうに食べ始めた。
/118ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加