第一章 サクラ-2

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「この香水、 姉ちゃんは仕事とか恋愛とか、 ここぞってときにつけてたって言ってた。 つけてると何か、 見えないパワーみたいなものに背中を押される感じがして、 いつも以上の力が出るんだと」 ハルは無駄だとわかったのか、 なるべく右手を顔から離して階段に座り込む。 私もつられて彼の隣に座った。 「オレ、 女だったら良かったな。 この香水が似合うくらいイイ女」 私はクリームパンを口に入れたままハルを見つめた。 丸い形をしたクリームパンのパン生地はパサパサしていて、 水分を持っていかれそうだ。 「女だったら告白してもいいだろ」 ハルはそう言って両膝に顔をうずめた。 筋肉はついているが細い腕が半袖から伸び、 両膝を抱えている。 その傷ついた子どものような姿に、 思わず手を伸ばしそうになり、 私は慌てて手を引っ込めた。 危ない。 そのまま抱きしめてしまいそうだった。 私は深呼吸をした。 それから、 彼をなぐさめる言葉があるかどうか考える。 女だったら、 なんて悲しいことは言わないで欲しい。 私が好きになったのは男として生まれて男として生きてきたハルなのだ。 もし彼が女として生まれて生きてきたのであれば、 きっと今のハルとは違うハルになっていたと思う。
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