プロローグ

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プロローグ

心臓が痛い。 あなたの声がする。 十月に入ってから、 ぐっと寒くなった。 薄い羽織り物を着ないと、 夜は冷える。 私はコートとカーディガンの中間のようなものをしっかりと着込んで外に出た。 私は残業続きで疲れた身体を引きずりながら、 早足で家に向かっていた。 手には唐揚げの入った袋をしっかり握りしめている。 二四時間開いているスーパーは帰りの遅い会社員にとって、 強い味方だ。 自宅に着くと、 すぐに電気ストーブの電源を入れた。 部屋が暖まるのを待つあいだに化粧を落とし、 部屋着に着替え、 唐揚げを電子レンジに入れた。 夕飯の献立はご飯と納豆、 お湯を注ぐだけの味噌汁、 そしてちょうど今、 温め終わったばかりの唐揚げだ。 仕事で疲れ切った私にとって唐揚げはごちそうである。 最後に残しておいた唐揚げに箸をのばそうとしたとき、 マナーモードのままだった携帯が震えだした。 携帯の画面には久しく連絡をとっていない友人の名前が光っていた。 『ハル』 心臓がきゅっと掴まれたような感じがした。 一呼吸を置いてから、 通話ボタンを押す。 指が恥ずかしいくらい震えていた。 「…もしもし、 サクラ?」 電話口から聴こえてきたのは、 懐かしい声だった。 ハルの声は男性にしては少し高く、 少年のような幼さを残している。 「電話番号が変わってなくて良かった。 三年ぶりくらい?」 私たちが最後に会ったのは、 高校の同級生の結婚式だ。 あの時、 私には恋人がいて結婚も考えていた。 結局、 私が煮え切らない態度を取り続けていたため関係がぎくしゃくし、 別れてしまったのだけれど。 「どうしたの?」 ハルが私に電話してくるのは、 トモと何かあったときと決まっている。 といっても、 それは高校時代までの話だ。 私たちは高校卒業後、 県外に進学しそのまま就職した。 新しい環境に慣れていくなかで連絡をとる回数も減り、 疎遠になっていたのだ。
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