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きみが乗り込むと、シートに座っていた若い女の人が席を譲ろうとした。だいじょうぶです。きみは笑顔で断る。女の人は心配そうな顔をしながらも再びシートに座った。
足を怪我したのは先週のことだった。体育のバスケの授業で、相手チームのエースと激しくぶつかって捻挫した。全治五週間。ギター部のきみには大きな落胆はなかったが、杖がなければ歩けず、自転車も使えない生活はやはり不便だった。
流れる景色は雑然として、きみの瞳に映っては消えていった。きみはなにも見てはいなかった。バス停六つぶんの距離はあっという間に過ぎ、気づくとアナウンスが高校前だと告げた。きみはプリペイドカードを通してバスを降りる。車内にいるときは忘れていた強い陽射しが再び照りつけてきた。
「おはよ、七瀬」
校門を入ったところで声をかけられた。振り向くと同じクラスで同じギター部の悠介だった。悠介はきみのことをなぜか下の名前で呼ぶ。
「ああ……おはよう」
悠介はきみに合わせて自転車をゆっくり進ませた。詰まるんじゃないかと心配で後ろを見たが、始業ベルにはまだ余裕があるせいか、そんなに混んではいなかった。
「足だいじょうぶ?」
「うん」
「送ってもらってんの?」
「バスで来てる」
「大変じゃん」
「バス停から家までがね」
「遠いの?」
「ちょっとだけ」
「歩き?」
「そう。親、送ってくんないの、ケチだから」
きみが言うと、悠介は笑った。駐輪場に自転車を入れる。悠介がスタンドを立てて鍵をかけるまで待っていたほうがいいのか、それとも先に行ったほうがいいのかわからず、きみは一瞬立ち往生した。でも、一緒に教室に行くのもあつかましい気がして、結局その場を去ることにした。
「待ってよ。行っちゃうの?」
歩きだしたきみに、悠介が後ろから声をかけた。
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