【2】星野智冬の憐憫

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【2】星野智冬の憐憫

 寂しい、という感情がうまく理解できなかった。  朝出かけるときは母が見送りをしてくれていたし、帰宅したときは父の大いびきが木霊しているものの、一人ではなかった。たまに飲み歩きに出た父が不在で完全なる一人きりになることがあるけれど、母親が作り置きしていた夕飯を食べて、テレビを見て、風呂に入り歯磨きをして就寝した。時折、胴間声を上げながら未明に帰宅してきた父に眠りを妨げられはしたが、ガンガン鳴る物音も気にせずに再び眠りに就く。毎日、これの繰り返しだった。  寂しい、とは思わなかった。ただ何かが物足りないような、手を伸ばした先に何もなくて暗い闇が広がっているような感覚だけがあって、その感覚に“寂しい”ということばを当てはめるのは少し違うような気がした。当てはまるとしたら、……冷ややか、だろうか。  ごくごくたまに、母が経営する小さなスナックに呼ばれることがあった。家にばかりいてもつまらないでしょうと申し訳なさそうにほほ笑む母の働く姿を見ながら、背の高いスツールに座って幼い智冬はオレンジジュースを飲んだ。     
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