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裕福な家で育った貴光とは違い、智冬の家は貧乏だった。母親は夕方からスナックへ稼ぎに出るものの、飲んだくれの父親が拵える借金は減らず、商いの金物屋もかつての繁盛は嘘のように滅し、淪落の果てに赤字が続くばかりだった。そもそも父親が店の仕事をしているところが見たことがない。埃まみれの番台には算盤が一応は置いてあるものの、傍らにある焼酎のワンカップの方がずっと存在感を放っていた。転がる酒瓶に、灰皿から零れ落ちるほどの山盛りの吸い殻とあれば、客も寄り付くはずはない。近所のよしみで利用していた古くからの客足もめっきり遠退いた。リサイクル屋のまねごとをしてガラクタを買い取っていたこともあったのだが、店先にゴミが積もるばかりで役所から注意を受ける始末であった。
智冬は、父親とは違って聡明だった。存在そのものが潔白で、どこもかしこも透明感で満ちていた。智冬という肉体に触れた空気が片っ端から静謐に目覚めてしまいそうなほどの、一種の神聖を湛えていたのだと思う。大げさなようだけれど、ぼんやりしているだけの物憂げな表情ですら俗世の騒乱を嘆いているように見えてしまうのだ。
動じず騒がず、ただ冷めた表情で淡々と浅い呼吸に胸を上下させる。すべてを淡白に受け入れ、捉えどころのない距離感ですべてを淡白に受け流す。―――――星野智冬とは、そういう男だった。
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