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運動は疲れるからやりたくないとは言うものの、足が速く、帰宅部ながら陸上の選手に選ばれることもあったし、勉強もよくできた。理数系を得意としそうな相貌とは違って詩が好きで、カバンに古ぼけた伊藤整の詩集を忍ばせていたことも知っていたが、貴光は一度もその話題に触れたことがない。なんとなく、すべてが完璧であり、それを鼻にもかけない智冬に自分の苦手なことを嬉々として説明されるのがいやだったのだ。静かに無知を諭されながら思い知らされるようで、いやだった。そこに、恐らくは相手の好きなものに興味を示す、人として当たり前の“懐”のようなものが欠如していたのかもしれない。もしくは、智冬が唯一の友達だったからそう思ってしまったのか――――。
唯一の友達だからこそ、同じ土俵で、同じ知識で、同じレベルで同じ価値観で同じ視線を持っていたい。貴光はそう考えてしまう、後ろめたい性を背負っていた。
そしていまも変わらぬその暗い性のまま、未来を見据えて行動をし始めた智冬のことが妬ましく、胸が詰まるほど焦燥し、いっそ憎々しさすら感じてしまう。
本屋と隣接するレンタルショップに寄って、映画を数本借りてから智冬と伴って彼のアパートへ帰ってきた。カタカナの洒落た名を冠するそのアパートは汚れ一つないきれいな建物で、いかにも智冬が見染めた物件だと思った。群青色のペンキが分厚く塗られた鉄階段を登る背を追いかけながら、貴光の視線は自然と彼の手に下げられた書店の袋に注がれた。
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