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さすがにそれは、と言いかけたが、智冬が貴光を差し置いてあたたかいベッドを占領するなど絶対にない話だった。それを重々わかっているので、貴光もはなから断らない。ただ申し訳なさそうに、おずおずと頷くだけだ。
「おまえ、……またカラー入れたか? ここんとこ、少し緑っぽい色になってる」
空いたグラスを片付けるために立ち上がった智冬が、電灯を付けて真下のつむじに声を落とす。
「ああ、入れたっていうか、抜けた。この間までアッシュにしていたんだけど、シャンプーしてる内に色落ちしちゃって」
少しだけ俯いて、長めに垂らしている前髪を指で透く。確かに、人工の寒々とした白熱灯の下で見ると、前髪の内側の一部分だけ乾草のようなくすんだ緑色に見える。
「ふぅん、いいじゃん」
さら、と後頭部の髪が揺れる感触がして、ハッと振り仰いだ。
(髪を、撫でられた……?)
泊まっていくか、と問われた時と同じ種類のぞわぞわとした感覚に、またも苛まれる。
グラスとグラスがぶつかる小さな音。とすとすと歩いて遠ざかる足音。カランの回る音と、水の音。浮ついた温度を発する不可解な頬の熱さ。それが何なのか、貴光はまだ知らない。
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