【1】迫子貴光の妄執

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「眉毛が無いから、寒くて風邪を引くんじゃないのか?」 「し、失礼な! 半分は生えてるから!」  篭ったようにもったりとした夜の重みをふっと軽くさせるような戯言を反射的に切り返し、智冬の押し込めたような笑い声にひどく安堵する。ふう、と吐いた息の行方にある、自分の汗の付いているであろう智冬のてのひらの行方をじっと見つめていた。その手を拭うのか、それとも洗いに行くのかじっと注視していた。しかし、ぽつぽつと叩いていた軽口の応酬が終わって、もう一度寝直そうかと互いに布団に身を沈めたとて、智冬は手を拭いもしなかった。汚いと、思われていないのだろうか。そう考え、貴光はぶわりと体温がさらに高まるのを感じた。 (智冬、智冬……、智冬……!)  胸が詰まって、じんと火照る瞼をぎゅっと閉じて心の中で何度も友人の名を叫んだ。     
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