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綻びの始まりも小さければ、出会いもまた小さく穿たれた染みのようだ。白い壁に散った墨汁がするすると尾を引いて汚れを滴らせるように、出会いから憎しみが積もるまでも等しく、地続きで流れる。
* * *
「貴光、どうした?」
涼やかな声に、はっと我に返った。両手に包んだ熱いコーヒーカップの湖面が振動にゆらぐ。
午後のゆったりとした時間のコーヒーチェーン店で、止まっていた時間が動き出す。来店を告げるベルが鳴り、眩しく弾ける笑顔で店員が出迎える。ありふれた日常の光景が息を吹き返し、在りし日のロードレースも七夕も、どこか別の場所へと追いやられてしまった。
「あ、いや……、ちょっと考え事」
「そうか」
瞳を伏せる。紅茶を啜りながらこちらを窺う鋭いまなざしから逃げたくなった。
向かいに座る智冬は、二十五歳となった今でも変わらない。白い瓜実顔と、短い黒髪、上唇と白い皮膚の境にひとつ、黒々とした小さなホクロが異物のように目立っている。
秋から冬に切り替わりそうな、マーブルの季節。秋でもなく、冬でもない、ひどくあいまいで居心地の悪い季節。オープンテラスが見える窓際の席で、遊歩道のイチョウ並木が風にさわりと揺れて金色が揺蕩う。引いては寄せる潮のように、何度も秋のロードレースを思い出した。
「お前と遊ぶのも久々だな。バイト、ちゃんと休めてんのか?」
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