【1】迫子貴光の妄執

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 取ってつけたような明るい声を努め、貴光はいつものセリフを切り出す。毎回会うたびに決まって繰り出す、お決まりのセリフだ。 「まあ、それなりに。むしろもう少しシフトを増やしてもらうか、どこかほかの店と掛け持ちで働くか考えているくらいで」 「これ以上働くの!? やめておけって、そのうち過労でぶっ倒れるぞ」 「大丈夫だよ。体力だけはあるんだし」  涼しい顔でトレーの上に敷かれたクラフト紙を指先で弄ぶ様に、眉根が寄った。  ワーカーホリックの気がある智冬は、朝早くから夜遅くまで働いている。二人とも定職には付かずフリーターの身ではあるが、勤勉な智冬とは違い、貴光は怠惰だ。夜に居酒屋で働いてはいるものの、昼間はもっぱら寝て過ごしている。この歳になってまでも過保護すぎる両親に嫌気がさして一人暮らしを始めたものの、煩わしいと思っている母親に家賃を支払ってもらっているので、立派なすねかじりだ。  このままの生活で良いわけがない。頭の中ではぼんやりとそう思うのに、甘やかされて育てられすぎた。もはや自分では、とっ散らかりすぎて形もない自身の人生すら、どこからどう手を付けていいのか分からない。 「そんなに稼いで、何に使うんよ? 欲しいものがあるとか?」 「いや、そういうわけじゃ……。そう、なのかな。ほしい、のかな」     
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