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白いソーサーと周囲を汚す黒い染みに、かき混ぜすぎて波立ったコーヒーが零れていたことにワンテンポ遅れて気付いた。真っ白で清潔なおしぼりが汚れに染まるのがやけに目に付いてたまらない。
「動揺しすぎ」
当たり前だ。動揺するに決まっている。
気楽に言い放つ智冬とは違い、彼の前進が貴光の胸にどれほどの暗い洞を穿つのかを、涼し気な瞳を胡乱に細めるこの男は絶対に知らないのだ。
「それ、飲んだら行くか」
促され、残り少ないコーヒーを一気に飲み干した。ぬるくなった黒い湯は、砂糖とミルクを落としたというのにやけに後味が苦く感じ、貴光の舌を苛めた。
貴光と智冬は、ともに高校を卒業していない。貴光は一応は進学したものの、勉強に付いていけず非行に走った挙句、退学した。一方の智冬は端から進学せず、安い賃金で今のようにひたすら朝昼晩と働き尽くした。
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