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【1】迫子貴光の妄執
「俺、もしかしたら結婚するかもしれない」
そう言った親友の言葉に、目の前が真っ暗になる。めでたいことの筈なのに、応援してやるべきなのに、俺は何も答えることができない。瞳を泳がせてちらちらと表情を窺うと、バツが悪いような、申し訳ないような顔をしているその伏し目が、逡巡ののちに俺の情けない姿を映し出す。
堪え切れない自分勝手な憤怒が渦巻いて胸の内だけでは抑えきれず、ひどい濁流の涙となって視界をひしゃげさせた。
「また、……また一人で、どこかへ行くのか。また、勝手に……」
どす黒い胎の底から絞り出す、この世の物とは思えぬほどの怨みを込めた呪詛を歯の隙間から押し出すようにして零す俺に、眼前の親友は眼鏡の奥の瞳を眇めた。驚いているようには見えなかった。
星野智冬は、いつだってなんでもない顔をして、何度でも裏切る。無意識に、意図せず何度も何度も俺を裏切ってきた。今度こそ、許す気にはならない。
俺と同じ場所に、同じ地獄に飛び込んで来い。
【1】 迫子貴光の妄執
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