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今日一日は緊張して授業中も上の空だった。 校庭や階段の踊り場で女子生徒が隆にチョコレートを渡そうとしている光景を見てしまう都度、心が折れ、見ないようにその場を離れた。 授業が終わる頃にはクタクタに疲れてしまい、トボトボと家に向かって歩いていた。そんな結菜の心を見透かしていたかのように、玲奈が家の前で待ち伏せしていて、回れ右をさせて河原の土手の道の方へ押し出した。 普通でも歩いて15分程度かかる土手の道まで、トボトボ歩いたので20分以上かかった。それでも隆が通る時間までには、まだ、少し間があった。 隆は荒川に掛かる五色桜大橋の方角から来る。 何て言って渡そう。 「あの~、これチョコレートなの。どうぞ」 どうぞ、は当然、受け取るだろうと思っているようで、偉そうな言い方かな、良かったら食べてみて、ならどうだろう。手作りを入れた方がいいかな。でも、苦労したんだ、と押しつけがましくなってないか。そもそも、受け取ってもらえないと嫌だから、お願いしようか 「隆君、一生のお願い、このチョコレートを受け取って下さい。(と、涙声で言って頭を下げる)」 いやいや、それだと、受け取らないと自殺しかねないと思われたら重たくなりすぎる。もっと、サラっと言った方がいいのか。 たとえば、 「隆君、これ作ってみたの。よかったら、食べてみて」 「おお、ありがとう。手作りか、すごいな」 「うん、ちょっと頑張っちゃった。感想聞かせてね」 「判った、じゃあ・・・」 と言って、隆は自転車で立ち去る これがいい。これで行こう、などと勝手に想像していた時、背後から 「何やってんだ。吉岡。ブツブツ言って」 という声がした。 結菜にとって不意打ちだった。いつのまにか、隆がそこにいた。 結菜はパニックになった。 思わず、手にしていたチョコレートを無言で隆に押しつけた。 練習していた言葉は完全に頭から消え、自分が日本語を言葉を忘れたかのように、なんの言葉も見つからなかった。
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