0人が本棚に入れています
本棚に追加
匂い立つモノに群がる鼠共を相手に三幸は口角を少しだけ上げながら「何でもないよ、ちょっと事件に巻き込まれただけ」とあしらった。人から聞いただけの話を声高に語り、自らがさも発信源かのように振る舞って優位性を取ろうとする。地を這う矮小な獣で例えるのがお似合い、というものだ。
自分の教材をカバンにまとめ、教室を去る。チューチューと掃き溜めから聞こえてくるが、人間がそれに耳を傾けることはない。
学校の屋上手前、高いところに位置するカウンセリングルームの眺めはよく、遠くにある都会の街並みも、手前下にある下校する学生たちも良く見えた。
デジカメ特有の撮影音。
「いい絵は撮れましたか」
窓から学校を見下ろす美幸。その後ろでデスクに座り、書類に目を通すスクールカウンセラー。アメリカ本土出身の赤毛とそばかすの似合う妙齢の女性だ。書類をめくる手を止めて、紙コップのコーヒーを一口。目は美幸の背中へと向けられている。
「……はい。とてもいい、絵です」
「カメラの画面、写真などを通して現実を少しだけまっすぐに見つめるという行為には意味があります。向き合いにくい現在、現実というものを一部分だけ切り取って、冷静にそれを見てみる。この繰り返しで過去と向き合う準備をしていきます、どうぞ、そのカメラは返さなくていいので続けてください」
「そう、なんですかね。まぁ、助かります」
「助かる?」
「あ、いえ。なんでもありません」
最初のコメントを投稿しよう!