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思い出すままに話していると、青年は「なんかすごいなぁ」と言いながら立ち上がった。
「それで殺し屋になったんだ?」
「というより、他にできることがなかったんだよ。流されるように生きてきたんだ。僕にとってこの世界は、いつまでたってもフィクションのままだった。理解も愛着も持てなかったんだ」
「じゃあ、結局わからなかった?”愛”ってやつ」
「ううん」
僕は青年を見上げて、笑った。
「最後に解ったよ」
僕の頭上に漂っていた粉雪が、ゆっくり、ゆっくりと落ち始めたのが見えた。
「ねぇ、僕を轢き殺した運転手の女の子は助かるの?」
「うん。命に別状は無いよ」
「そっか」
あの瞬間。
こちらへ猛スピードで突っ込んで来る車の運転席にいたあの女の子は、このあいだの仕事先の娘だ。
このフィクションの世界で育って、あんなに憎しみと悲しみの込もった眼で、僕と同じことをした女の子。
僕はあの時、『この子には生きていてほしい』と感じたんだ。
粉雪がゆっくりと落ちて来る。
愛のために彼女は生きて、愛のために僕は死ぬ。
あの雪が落ちる先にあるのは、凶悪な人殺しの死体だけだ。
あの雪が落ちる先・END
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