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「はぁ、めんどくさい。さっさとほどいて寝ちゃおう」
早苗はドスンとソファに腰を下ろした。手にした小さなセーターの襟元にハサミをかけ、毛糸を1本、ぶちっと切る。切った糸端を軽く引っ張ると、面白いくらいスムーズにほどけていった。細かい編み目がポン、ポン、とはじけ、泡が消えるように溶けていく。ぐいっと引っ張ると、ポポポポと小気味良い振動が手に伝わった。これは、ちょっと楽しいかもしれない。そんなことをボンヤリ考えながら、ほどいた糸を左手に巻き付けていく。リズムをつかみ、ほどくペースを徐々に上げてきた頃だった。突然、
「もうすぐ完成ね。愛華ちゃん、喜んでくれるかしら」
と誰かの声がした。驚いて手を止め、きょろきょろと見回す。しかし、やはり部屋には早苗の他には誰もいなかった。
「……疲れてるせいかな。けっこう眠たいし」
時計に目をやると、いつの間にか日付が変わっていた。さっき声が聞こえたと思ったのは、眠気で鈍った頭の誤作動だったのだろう。しっかりしなくちゃ。早苗は、またドスンとソファに座り直した。幻聴なんかに構っている暇はない。早くこのセーターを毛糸玉にして、明日の朝には娘の愛華が学校へ持っていける状態にしなければ。
セーターの襟部分は短かかったから、すぐにほどき終わった。続いて本体部分を中表にひっくり返し、パーツを縫い合わせている糸をプチンプチンと切る。一枚のセーターだった物は、もはや右袖と左袖、お腹側の大きな一枚と背中側の大きな一枚の、4つの平面となってしまった。それらをテーブルの上に広げて眺めてみると、やはり早苗の胸には多少の後ろめたさがよぎった。なにせ、一年前に亡くなった義母が孫のためを想って手ずから編んでくれたセーターを、ほとんど着ないまま、こうしてバラしているのだ。
後ろめたさを振り払うように、早苗はブンブンと頭を左右に振った。
(このセーターだって、タンスの肥やしとして厄介者扱いされるよりも、こうして今ほどかれるほうが本望のはずよ。だってセーターでいるときより愛華の役に立てるんだもの。お義母さんもきっとわかってくれる)
そんな言い訳を繰り返しながら、背中だったところにハサミをひっかけ、乱暴にブチっと破く。糸端を引っ張ってポポポポ、ポポポポと無心でほどいていった。
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