義母の手編みのセーターをほどく夜

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義母の声は、途切れたと思ったら、またしゃべったりを繰り返しながら続いた。とりとめのない話ばかりだった。ドラマの感想、芸能人のゴシップ、スーパーの特売価格、お友達の噂話。 (お義母さんって、もっと物静かで近寄りにくい人かと思ってた。でも本当は、こんな普通のおばちゃんだったんだな) 見えない壁一枚を隔てるような関係だった義母。そんな義母のひとりごとを延々と聞くうちに、早苗は数十年来の友人に対するような親しみを感じ始めていた。 「合唱サークルでいっしょの高木さん、今日はずいぶんとお疲れのご様子だったわ」 「えー、どうされたんでしょうね」 適当な相槌をうちながらセーターをほどく。 「この前の土曜日、お嫁さんがお仕事だからって、お孫さんのお世話を頼まれたんですって」 「ほうほう」 「そこのお孫さんがね、4歳の男の子と7歳のお姉ちゃんらしいんだけど、お世話が本当にもう大変で、クタクタになっちゃったんですって」 「それは大変ですね」 「でも羨ましいわぁ。うちにも愛華ちゃん、遊びに来てくれないかしら」 ドキリ、として手が止まる。恐る恐る横を見るけれど、やっぱりそこに義母はいなかった。声も途絶え、沈黙が訪れる。雪のせいだろうか、室温が急に下がったように感じた。 (いやいや、今のは私に言ったわけじゃないし。お義母さんの独り言みたいなものだから) そう自分に言い聞かせつつも、早苗は喉の奥に苦くて痛いものがこみ上げるのを感じていた。早苗だって、遠方を言い訳にして義実家へ行くのを避けていたことに、後ろめたさがゼロという訳ではなかった。でも義母の口から直接、非難がましいことを言われたことは一度だって無かった。どんなときも義母は優しく受け入れてくれた。そんな彼女の本心を、奇しくも覗いてしまった。孫に会えない寂しさを義母に味わわせていたと、早苗は今になって気づいた。 (でも、いまさら後悔したって、どうしようもない。もうお義母さんは、いないんだから。愛華に会わせてあげようったって、できないんだから……) 喉の奥の嫌なものを無理やり飲み込む。気分を変えようと深呼吸して背筋を伸ばし、早苗はまた、ほどき始めた。 「とにかく、これをほどいてしまわなきゃ」
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