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「どうしようかな」
鼻歌まじりに、つぐみさんが言う。
「たしか、土曜日は早く帰れるんだったかな。違ったかな。そういえば、日曜日の朝は資源回収の日だったような、次の週だったような。マンションの役員会もあったような」
しきりに首をかしげるのに、答えの載っている手帳を出そうとはしない。
四つも歳上のつぐみさんに遊ばれてしまうと、僕はそのまま手のひらで転がされているしかなくなる。
高校の頃に三ヶ月恋人がいただけの僕とは比べものにならないくらい、つぐみさんはきっと経験豊富だ。
バレンタインを目の前にした時期に、珍しく僕の方から旅行に誘うことが何を意味しているのか、彼女はとっくに気づいている。
それを僕が察しているのを知りつつ、かわいいツバメさんねとでも言うようにもてあそぶのだ。
「手帳はどこだったかなっと」
資源回収ばかりか、近所のフリーマーケットや家電量販店のセールまで持ち出してから、つぐみさんはようやく手帳を開いた。
「土曜の夜は空いてるけど、日曜の朝は自治会に顔を出さなきゃだから、ディナーだけならご一緒できるかな」
さんざんもったいぶって、最初から分かっていたはずの残念なことを言う。
「その次の週はどうですか?」
傘を持つ裸の右手をさすりながら聞くと、
「残念。岡山に出張で、月火が振休なんだけど、ひばりくんは仕事だもんね」
つぐみさんはさほど残念ではなさそうに言った。
彼女にしてみれば遊び感覚にすぎないのだろうかと、僕は沈鬱な気分になった。
速度を増していく急行列車が僕らを追い越し、架線に火花を散らせて過ぎ去って行く。
僕が今日期待していた火花の準備も、もう終わったようなものだった。
一緒に残念がるならともかく、なぜか反対に上機嫌になったつぐみさんと食事に行くのも、正直わずらわしくなってしまった。
明日の仕事の心配をする必要がないだけ、雪に感謝しておこう。
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