手ぶくろはまだ買わないで

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手ぶくろはまだ買わないで

 東京が二度目の雪を迎えた木曜の夜、僕はつぐみさんと並んで線路沿いの道を歩いていた。  降り積もっていく雪に音を吸われ、住宅街の暗がりは真夜中のようにひっそりとしていた。  まだ十九時を過ぎたばかりだが、ときどき行き交う電車がなければ、そろそろ次の予定を突き合わせないといけない時刻のように錯覚していただろう。  根雪がほとんど氷となって、つぐみさんの細い足を取ろうとする。  僕は彼女の足もとを注視しながら、ブーツの分だけ高い背丈に合わせて傘を握っていた。  地面を踏む足音が普段と違って聞こえ、つぐみさんとふたり、遠い国に来たような心持ちがした。 「なにを食べようか」  底の高いブーツを苦心して前に進めながら、つぐみさんが口を開いた。  つぐみさんは何がいいですかと聞くと、ひばりくんはいつもそれだねと言って笑った。 「質問返しはだめだからね」  僕の顔をのぞきこむ彼女の足がすべり、体勢を崩しかけたが、僕の左手に少しばかりの体重がかかっただけで、すぐに持ち直した。 「ありがと」  にっこりと笑うつぐみさんに息をのんだ。  僕はたまたまですとごまかして鼻を鳴らし、線路の先に視線をそらすと、行きますよと言って歩き出した。  肩かけの通勤カバンがゆらゆらと心もとなく揺れる。  コートの外は寒いのに、身体の底のほうが熱かった。 「お返しに今夜はひばりくんの要望を聞いてあげよう」  つぐみさんの語尾をかき消すように、正面から各駅停車が風と音を残して過ぎ去っていく。  一瞬だけ吹雪のようになった水っぽい雪が、再びひらひらとアスファルトを覆い始めた。 「ひばりくんはなにが食べたいの?」  息が触れそうな距離で言い直されて、つぐみさんと同じものでいいですとは答えられなかった。
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