あと5センチのヴァレンタイン

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「あのっ……」  英二が真っ赤になって言い淀むと、不意に手首を掴んでぐいぐいと和哉は引っ張って行った。 「か、和哉」  着いた先は、野球部の部室だった。朝練の終わった今、ここに来る者は居ない。ようやく手首を解放されて、英二は所在なげにそこを掌でこするのだった。 「……で? 話そうぜ」 「あのっ……でも……迷惑だから……」  それが言外に、和哉に告白している事に英二は気付かない。何も言えなくなって困惑している英二に、和哉は語り出した。 「俺の好きな奴は、優等生でな。俺みたいな落ちこぼれとは、間違っても付き合ってくれないと思ってた。だから、その鬱憤を野球部で晴らしてた。女子のチョコは迷惑だけど、好きな奴からのプレゼントは大歓迎だ」  そして、英二に切り出す。 「……で? お前からの話は? 英二」  心臓が破れそうに早鐘を打っている。英二はその心臓の上にしまわれていたダークパープルの包みを取り出した。 「あのっ……! 和哉、もし、もし良かったら……!」 「OKだ」 「へ?」 「俺もお前と付き合いたい」  先んじられて、英二は唇をパクパクさせる。和哉は包みを受け取って、リボンを解くとカカオ95%の一粒を取り出して、英二の桜色の唇に近付けた。 「あーん」 「えっ」 「一緒に食おうぜ。銜えろ」  英二は和哉の言う意味が分からなかったが、取り敢えず控え目に唇を開いてチョコレートを口にした。 「食わせてくれ。英二」 「!?」  和哉は僅かに長身の腰を屈めて、英二の好きな笑みで待ち構える。英二はしばらく戸惑ったが、やがて意を決して和哉の唇に背伸びした。二人が触れ合ってしまうまで、あと5センチのセントヴァレンタインデイなのだった。 End.
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