第1章

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   呪われた喫茶店    四年前、お盆の真っただ中の八月十三日だった。  吉崎 智也≪よしざき ともや≫の、ストラップを金色に輝く七福神にして、ベートーベンの運命を着メロにしている携帯電話が、ブル、ブル……と振動するヴァイブレーターを伴い、うるさく鳴った。マナーモードにしておけば良かったのにと思った。なぜなら、お坊さんが仏壇に経をあげている最中で、智也もその後ろで数珠を片手に、頭を下げご先祖様を供養していたからだ。仕方なく席を立ち、リビングルームで電話を受けた。  (よりによって、こんな時に電話してくるなんて……一体誰からだろう?)  そう思いながら、吐き捨てるように小さくつぶやき、電話に出た。  祐樹からだった。お盆の真最中に、祐樹から携帯がかかってくるとは……。  (はて、一体、何の用だろう?)  「待ってくれ。……お盆の期間中に、幾らいい物件の喫茶店であっても、見に行きたくはないんだよ。」  智也は、一刻も早く喫茶店の優良物件を、探しており手に入れたがっていた。話し合いの結果、 お盆をあえて外して、八月十九日に現地で会うことにしたのだ。  どこから仕入れた情報かは、祐樹は定かにしなかったが、電話の声には、自信に満ち満ちたハリがあった。  「神戸市湊川駅から出ている粟生線≪あおせん≫で、西に四十分ほど行った、金物で有名なM市だ。君も知っているだろう? そこのP駅から徒歩十分の場所に、良い喫茶店の物件がある。一緒に行こうよ。君が、経営してみたいと、常々言っていた喫茶店だ! 見る価値のある優良物件だよ。俺も行くから頼むぜ!」  その話を耳にした刹那≪せつな≫、嫌な予感が、智也の脳裏をよぎった。  良い情報だ、思ったが【八月十三日】は、智也に心理的抵抗を感じさせたのだ。と言うのも、その日は、「迎え火」を焚≪た≫き、精霊を迎える日だからだ。  先祖代々の墓が、家の近くにあるから、仏壇の前で盆提灯や盆灯籠を灯し、家族揃ってお墓に参る。墓からご先祖様を背負って、家まで案内するのだ。両親と一人っ子の智也は、墓参りをするのが、吉崎家の恒例行事だった。JRで約二十キロメートル東にある、ご先祖様の墓へ行く。その途中にある、いつも立ち寄る花屋で見栄えの良い花を一対買う。
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