第1章

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 潮の香りが漂うお寺に参るのを、常としていた。住職の奥さんにご挨拶をして、バケツに一杯水を汲み線香を燻≪くゆ≫らせ、家から持ってきた専用の柔らかいスポンジで、ていねいにお墓を掃除する。お供えは、亡くなった祖父母の好物の饅頭である。全て用意ができると、読経しながら手を合わせる。今では、智也の妻も一緒にお墓参りをしている。  なぜ、住職ではなく奥さんかと言えば――住職は「かきいれ時」なので、正装して単車で檀家を飛び回っているからだ。  【お盆】は【盂蘭盆会「うらぼんえ」】を略した言葉。ウラバンナ[逆さ吊り]を漢字で音写したもの。「逆さまに釣り下げられるような苦しみにあっている人を救う法要」という意味だ。十  四日・十五日は、霊が家に留まっている期間である。だから、仏壇にお供え物をして、迎え入れた精霊の供養をする。日本では、仏教伝来以前から「御霊(魂)祭り」をしていた。つまり、祖先の霊を迎える儀式が存在したのだ。推古天皇の時代。僧と尼を招き食事や様々な仏事を行う"斎会〔さいえ〕"が設けられた。この様式が、現在の「お盆」の原型になった。    浅田祐樹≪あさだ ゆうき≫は、当時、Fコーヒーで営業課長をしていた。現在では、営業部次長にまで昇格しているが。  最大の生産国ブラジルや、インド、中国……などの途上国でコーヒーの需要が高まっている。さらに、投機マネーの市場への流入で、コーヒー豆の値が上がっている。そんな状況の中、現在、我が国では、消費者のコーヒー離れが進んでいる。にもかかわらず、(株)Yコーヒー業績は、右肩上がりの成長を続けている。今では、早くも東証1部上場企業に名を連ねている。   祐樹と智也は小・中と同じクラスだった。お互い心許せる仲で、何でも相談できる親友である。いわゆる、【竹馬の友】だ。今でも、親密に家族付き合いをしている。お互いの家も、三分も歩けば行ける近さにある。子供の頃は、頻繁≪ひんぱん≫に泊まりに行った仲だった。幼馴染≪おさななじみ≫だ。今では、お互い住む場所も当時と変わっているが。  「貴方も祐樹君のように、もっと勉強したらどうなの!」
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