溶けあう時間

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 ノリ突っ込み、のち、謎ギレ、退出。 「なんなんだよー」  仕方なく、ガス栓をチェックし、空調と照明を消す。  祭りのあとの静けさが、自分の心のざわめきを浮き上がらせる。  殺菌灯が銀色の作業台を青く照らすだけの暗闇に、会話の一部がリフレインした。  そっと、ドアを押し開け、外に出る。  鍵をかけながら、まさかな、と臍の当たりにむずがゆさを覚える。  好きなものの声が聴こえる。  まさか。いやでも。 「意味、わかりました?」 「!」  背後の声に驚いて、後ろに下がった途端、ガタっと植木鉢を倒した。  動けなくなっている私に替わって、澤田が無言でそれを起こした。  手袋を脱いだ手で土を戻し、そのまましゃがみこむ。  丸まった影が、まるで犬みたいだ。 「待ってたの?」  私もしゃがむと、ごく近くに彼の頭があった。  いつも見ているよりも、大きい。  トフィは下を向き、小さく頷いた。 「しゃがむとコンパクトだね」  手を伸ばして、髪に触れた。ふわふわだけれど、冷えている。  風が吹き、目隠しのために植えている木々の葉が揺れた。  むずがゆさは、鼓動になって、胸の中心を打っている。 「私も、澤田、好きだよ」  魔法のように、普段なら言えない言葉が、するりと飛び出す。  彼は顔をあげないが、ほっとしたように息を吐いた。 「明日、会ってください」  明日、店は、臨時休業にしている。  いいよ、って言うべきだろうか。  それとも、気持ちが追いつくまで待って、というべきか。  自分の声さえわからない。  そんな私の声を、この人は聞き分けられるのか。  黙っていると、彼が私の腕を取って立ち上がった。 「OK、って聞こえました」  抱き寄せられると、何かにぶつかって自転車のベルが、リン、と鳴った。  これはこれで、便利だなあ。  体の重みを感じながら、全部、預けてしまう。  不意に取り払われた距離のことなど、忘れてしまえばいい。  ぼうっと力を抜いたまま、私たちは長い時間、そうしていた。  ショコラ・ショオを飲むより甘く。  成すがままに溶けていく。  冬の夜の味わいは、疲れと寒さをスパイスに、気づけばひとつに重なっていく。 (了)
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