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「ただでさえ、山崎さんに怒られるのに」
「前門の虎、後門のチョコ」
「そうそう」
「……ん? 誰が虎だって?!」
「自分で言ったんじゃないですかあ」
トフィ坊やはすたこらと、オーブンの向こうへ逃げていく。そこには一番新しい小麦粉の袋があるのだ。小麦粉は新しければ新しいほど性格がいいらしい。
素直な事務職の女の子が、いずれお局になるが如し、と言われて、わかるようなわかんないような。
「うん、がんばらないとな。ありがとう」
新品小麦に励まされ、売り場の方へ出ていく澤田。
「山崎さん、プリンと苺タルトが仲良くなったみたいです」
今度は、ニコニコしながら戻ってきた。
よかったね、と乾いた声でいいながら、私はバースデーケーキの飾り付けを急ピッチで仕上げていく。今日はやたらと予約数が多い。毎日毎日、アンパンマンだのシナモロールだの描いていると、少子化なんてデマなんじゃないのかと悪態をつきたくなる。
閉店後、バレンタイン用のチョコレート作りに取りかかる。
ホワイトボードに書き出した予定に沿って、定番品の4種類を増産し、期間限定の8種類を作り続ける。
こぢんまりとしたアトリエのスペースをフルに使い、溶かしては混ぜ、混ぜては固め、を繰り返す。
「桜模様の転写シート、出しといて」
澤田に声を掛けると、
「あ、は、はい」
ぼんやりしてたらしく、
「桜、ですよね」
と聞き返す。
「何、どうした」
思わず眉間にシワが寄り、イラっとした声が出る。
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