溶けあう時間

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溶けあう時間

 私は澤田と反対に、脳内と手元が完全に分離するタイプだ。チョコレートの色と温度計に意識は向けつつ、ホワイトとブラックのチョコレートについてひたすら考え続けていた。  気づくと売り場スタッフは退勤し、時刻は夜19時を回っていた。  澤田も、私に話したことで気分がラクになったのか、珍しく無言で作業をこなしている。 「あれ? お昼って食べたっけ?」    はて、と手を止めると、 「食べてないっす」  仕上げ用のローズマリーを刻みながら、澤田がぼそりと答える。 「うっわ、ごめん」  無言だったのは、空腹のせいか。   「……休憩しよっか」  はい、と澤田はトイレに向かう。ああ、ほんとごめん。  ふう、と私も成形の手を止めた。  午前中から8時間ぶっ通しでパティスリーと向かい合っていた計算になる。  集中の名残か、鼓動がまだ早い。  深呼吸すると、脳内に窓が開いたみたいに、ぱーっと思考が吹き飛び、心地よい。 「あー、あつあつのラーメン食べたい」  つぶやいた途端。  耳の奥で、思考の欠片が『声』になった。   溶   ア     け   ツ       た   ア         い   ツ  「あ!」  そうか、アレ(・・)でいいじゃん!    そこへ澤田が外の自販機で買ったらしい缶のコーンスープを2つ、手に戻ってくる。   「ショコラ・ショオにしよう!」  手渡された缶を作業台にどける。 「甘いのが良かったですか?」  唐突すぎたらしく、澤田は戸惑っている。 「ショコラ・ショオなら、ホワイトとブラックだけ混ぜ合わせてやれる」  『ショコラ』はもちろんチョコレート、『ショオ』は熱い。要するに飲むチョコレートだ。  王道のチョコレートが、美しさ、口どけ、食感など創意工夫をこらして生まれるのに対し、チョコを最初から溶かしてあつあつでいただく、言うなれば覇道メニュー。
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